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政財界および交通界のジャーナリストであった瀧冨士太郎(左写真【1】)が、鉄道文化の向上発展を目的とした「財団法人 日本交通文化協会」(同年9月30日設立)を設立・運営する為の事業会社として「交通文化事業 株式会社」(現NKB)を創設。
代表取締役社長に新井堯爾氏(当時の日本交通公社会長)を迎え、創設者である瀧冨士太郎は代表取締役専務に就任。 |
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事務所を交通クラブ(有楽町ガード下)より交通協会ビル(現ビルと同位置-左写真【2】)三階に移転。 |
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交通広告事業の第一歩として、地下鉄の出入口にタイアップ広告を新規企画し掲出。 |
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「財団法人 日本交通文化協会」が国鉄利用者のために寄贈した木製ベンチに看板を取り付け、広告の新媒体として開発。(「ベンチ広告(左写真【3】)」の誕生) |
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帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)の指定広告代理店となる。 |
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第3東京ビルヂング(現 新国際ビル-左写真【4】)に移転 |
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「財団法人 日本交通文化協会」が鉄道100年記念事業として、東京駅地下中央通路大階段正面に日本で初の公共ステンドグラス「天地創造(左写真【5】)」(福沢一郎作)を設置。上記協会との連携により、当企画を推進。 |
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創設者である瀧 冨士太郎、業務中に交通事故により逝去(享年72歳) |
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